視神経脊髄炎になって、3年
まだ生きてる。
もう少し、生きたい。
子供の不登校どうでもいい。
子供のご飯つくって、父と母にもご飯作って、たまに帰ってくるだんなにも特別料理を作って。
パートをしてたまには、子供にお小遣いあげて、子供の好きな洋服買って
アル中母、認知症父と喧嘩いっぱいして、私の身体が動くなら家で看たい
最後
親の骨を拾って、できれば
子供の晴れ姿をみて、できれば
孫の顔みて
長生きしたいんだけどなあ
アル中母から
お前が先に死ぬんだよ、と言われ
だったらなんなんだよ、と言った
ひょっとしたら、アル中なりに心配してるのかもしれない
こんな家に生まれて来なければ、、私は死んでもいいから、家族は幸せであるように、と私が子供のころ考えていた。
アル中になっても、認知症て覚えてなくても、子供が不登校でも、また、家族との時間が過ごせるのは奇蹟。
お漏らしして歩く母も、いびきをかいて寝てる父も、部屋でYouTube見て歌っている子供も大好き
まだ生きれる